松之山ダイニング2019の記録映像が、日本国際観光映像祭のガストロノミーツーリズム部門で優秀賞を受賞しました。
http://jwtff.world/awards2020_japan/

織姫と彦星が出会う頃、今年もまた松之山の美人林で新たな出会いが生まれた。出会いとは深閑としたブナの森の空気と一流の料理。あるいは新鮮な地元の食材と松之山の地に湧く名水「庚清水(こしみず)」。そしてその恵みを味わうために訪れた人たちと腕によりをかけて料理を作る料理人とスタッフたち……。
「松之山ダイニングin美人林2019」。約30人の参加者が今年もそんな“出会い”を求めて集まった。

ブナ林に夏の夜の帳が落ちはじめ、キャンドルの煌めきが色味を増してくる。2017年から始まった松之山ダイニングin美人林は今年で3回目。七夕の夜に今年はどんな“出会い”が生まれるのだろうか?

今回のシェフは前回に引き続き高澤義明シェフ。東京・赤坂でレストラン「TAKAZAWA」を開き、世界中の根強いファンが多い。世界的権威のスペインの国際料理学会「Lo mejor de la Gastronomia」に2007年から日本代表として毎年招待をうけ、その後メキシコの国際料理学会にも招待を受けるなど、世界的に評価が高い。「地元の食材を存分に活かした料理を揃えました。ここでしか出会えない味を楽しんでください」とあいさつ。高澤シェフの母親が松之山、父親が隣の旧大島村の出身で、子どものころからこの地にはなじみが深い。

東京・世田谷の「SignifatSignifie(シニフィアンシニフィエ)」で、こだわりの低温・熟成発酵パンを作り続ける志賀勝栄シェフは、地元松之山出身。実家は会場から500メートルほどのところだという。「私たちが子どもの頃遊んだ美人林で、こんな風に多くの人に食事を楽しんでもらえることができるのは夢のようです」。

2人の挨拶で2019年の「松之山ダイニングin美人林」の物語がスタートした。今年は2人の他に2人のシェフが加わった。一人は十日町生まれの飯塚隆太シェフ。飯塚シェフはフランスの星付きレストランに勤めた後、2005年に「六本木ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」シェフに就任、5年で同店を2つ星レストランにする。現在は東京・六本木の2つ星レストラン「Ryuzu(リューズ)」のオーナーシェフを務めている。


もう一人は東京・西麻布の「麻布長江香福筵」のオーナーシェフ、田村亮介シェフだ。今回は妻有ポークを使ったトンポーローなどで中華の腕を魅せる
個性溢れる4人のトップシェフのコラボレーション。この出会いも他では見られない贅沢なものであり、それぞれが腕を振るう料理がどんなハーモニーを醸し出すか? 今回のダイニングの醍醐味だ。

1品目 松之山Amuse Bouche──棒鱈のブランダード、椎茸&醤油の実タルティーヌ、ニシバイ貝と妻有ポークハムロール、温泉『生!?』たまご、麻婆マシュマロ、山菜シュウマイ

食は文化であり、文化は地域性と切っても切り離せない。自然豊かな地で伸び伸びと育った食材は、その地で食べるのがふさわしい。食とは本質的に多様性=ダイバーシティが前提なものなのだろう。松之山を中心に新潟の地味を存分に活かした前菜は6品。「棒鱈のブランダード」は棒鱈を水で戻し、牛乳とジャガイモのピューレを加え、さらに雪にさらして甘みを増した唐辛子を発酵させた「かんずり」を加えた団子に柿の種を潰した粉をまぶした。妻有ポークのロースハムの中には佐渡産のニシバイ貝が入っている。そのほかの山菜など、地のもの中心に構成されている。前菜の小さな一品の中に新潟、松之山の土地全体のエッセンスが凝縮されている。

2品目 アスパラベーコン──妻有ポークコンソメ、津南産アスパラ、稲藁のスモーク~

豪雪で知られる新潟の中でも、松之山、津南はとくに雪深い土地だ。厳しい自然はただし、その分恵みも与えてくれる。雪解けの水は清らかな伏流水となって山間の地域を潤す。水だけでなく大地もまた恵みの源だ。津南では激しい造山運動と浸食作用によって40万年の時間をかけて日本一の河岸段丘が出来上がった。
その平坦な高原と豊かな湧き水が味わい深い津南の高原野菜を生み出している。その一つが津南アスパラだ。2品目の料理はそのアスパラと妻有ポークを使ったアスパラベーコン。肉と骨のエキスを凝縮したコンソメのゼリーに稲藁でスモークをかけることでベーコンらしい風味を器の中で際立たせる。ラップがかかっていてそれを取るとスモークが立ち上る。豊かな香りと味を楽しむ一品。40万年の悠久の香りが立ち上ってくるようだ。

3品目 オズボーンの黒牛──クレソン、新潟和牛、山胡桃~

村上牛など含め、新潟県で飼育されている血統の確かな黒毛和牛で、三等級以上、コシヒカリなどの餌で育てられているのがにいがた和牛。その良質な肉に当日の朝、美人林の近くで取ったばかりの天然クレソンを合わせた。ちなみにクレソンは山葵と同じく清流の下でしか育たない。
バターは佐渡乳業のバター。日本海からのミネラルを含んだ風が吹きつける牧場で育った佐渡牛のバターは濃厚で深い味わい。そのバターを敷いて軽く鉄板の上で焼いて食べる。ソースはクレソンに山胡桃を合わせたもの。地元の山胡桃の香ばしい濃厚な味わいと、別名「オランダガラシ」と呼ばれるさわやかなクレソンの風味が、新潟和牛の味を引き立ててくれる。オズボーンの黒牛とは、温泉街不動滝の横に鎮座する芸術祭作品、スペインのシェリー酒蔵オズボーン社のブラックシンボルである。

4品目 松之山カレーパン──ホーリーバジル、エクルヴィス、神楽南蛮~

濃厚な和牛の味わいを堪能した後は、スパイシーな一品。地元でとれたエクルヴィス(ザリガニ)と松之山産ホーリーバジルを合わせ、パン生地で包んで揚げたものに、神楽南蛮を使ったカレーソースをかけた。神楽南蛮とは新潟県でも中越・魚沼でしか採れない唐辛子の一種。肉厚大型で、さわやかな辛みが特徴の伝統野菜だ。ゴツゴツした見た目から「神楽」南蛮と命名されたそう。

5品目 魚野川の恵み──『切り菜』のコンディモン、鮎のすべて~

信濃川の支流の一つで、湯沢から小千谷まで流れる魚野川。越後三山と麓に広がる田園風景は、越後新潟の原風景といってもよいだろう。その魚野川の清流は虹鱒(ニジマス)、岩魚(イワナ)、山女魚(ヤマメ)など川魚の宝庫でもある。中でも鮎は有名だ。鮎釣りや川の一部をスノコでせき止めて獲る「やな場」などで楽しむ人も多い。
その魚野川の新鮮な鮎を春巻きのように包んであげた一品。中には鮎の身の他に、肝をつぶしてペースト状にしたもの、骨せんべいなどが入っている。上の野菜は「切り菜」と呼ばれる地元の料理をアレンジしたもの。ミョウガやコリンスキーかぼちゃ、ズッキーニやキュウリ、水菜などを刻んだものを、鮎の頭を焼いて出した出汁に付けてまとめた。口に広がる鮎の風味は、魚沼の山並みを流れる清流の響きを醸し出すようだ。

6品目 THE松之山 婿投げ!──若豚トンポーロー、夕顔、黒ニンニク

コンセプトは松之山の正月行事である「婿投げ」。毎年1月15日に、前年に土地の女性と結婚した若いお婿さんが、村の薬師堂から雪の積もった崖に投げられる祭り。さらにその後、正月のしめ縄や飾りを燃やして残った墨を無病息災を祈ってお互いの顔に塗りたくる。中華の田村シェフは妻有ポークを松之山温泉の約70度の源泉で15時間煮込み、中国料理のトンポーローのように仕立てた。それに志賀シェフが腕によりをかけた蒸しパン。そこに高澤シェフが、「墨塗り」をイメージして黒ニンニクと黒酢をアレンジしたソースを、あたかも墨塗りの儀式のように皿に塗ったコンセプト料理だ。

7品目 米どころ新潟──星峠コシヒカリのリオレ、新潟産パッションフルーツ~

最後のデザートはコメどころ新潟をテーマに、星峠の棚田のコシヒカリを「リオレ」にしたてた。リオレとは米と牛乳、クリームを合わせたフランスの伝統的なデザート。ホワイトチョコレートのムース、糖度の高い十日町のカルビタトマトをシャーベット状にしたものを付けて食べる。

カンパーニュ

志賀シェフの自慢のカンパーニュ。北海道産の小麦を使い、加水を多めにすることで中が少し溶けている感じを出したとシェフは話す。当日、用意したコンロで炭火で焼く。香ばしい小麦の風味と炭火の素朴な香り。しっかりとした外側の皮の部分と、やわらかでほんのり温もりの残る中心部が、絶妙のハーモニーとバランスを醸し出していた。

デザートを食べ終わる頃には、あたりはすっかり深い闇に包まれ、キャンドルと照明の明かりが幻想的な夜を醸し出していた。ブナの森の上を見上げると、前日までの天気が嘘のような星空。まさに七夕の夜にふさわしい松之山ダイニングの夕べとなった。
小さな一つの料理に時間と空間、作り手の思いが凝縮している。食は自然や土地と結びついたものであり、そのつながりが命を紡いでいく。それはまた生きる喜びそのものでもある。多くを語らず黙々と料理を作る4人のシェフとスタッフ、そしてそれを味わう参加者たち──すべてに共通する思いがその事だろう。最後に今回料理に精を出した4人のシェフが挨拶し、夢のような時間は美人林の中に余韻を残しながら幕を閉じた。