松之山、初夏の夜。質の良いスーツの襟を指で触り、土の上を革靴で歩く。
ブナ林の奥から溢(こぼ)れている明かりに惹き寄せられてみれば、今夜限りの特別なレストラン「松之山ダイニング」の会場だ。「人生が変わる」かもしれない、ここだけの野外レストランを堪能しよう。

レストラン「TAKAZAWA」と松之山食材の協奏

松之山ダイニングは2017年から始まった「松之山の最高の食材、自然、料理人」によって限定的に開かれるレストランである。
織姫と彦星の一夜限りの逢瀬の時、それは里山をホタルの灯りが舞い飛ぶ日々でもある。「美人林」といわれる、一面のブナ林の中にセッティングされたテーブルと椅子。照らす明かりが幻想的な空間を創りだしていた。

料理人は高澤義明シェフ。世界的権威を持つスペインの料理学会「Lo mejor de la Gastronomia」からも招待を受ける日本を代表するシェフの1人だ。ジャンルの枠に捉われない自由な発想とオリジナリティが松之山の食材に新しい味わいと形を与える。

器には地元の杉、料理の装飾に使う草花も高澤シェフが選びとってきた。松之山に根ざした食、その背景にある松之山の自然や文化に触れることのできる料理。そんなガストロノミーを追求したTAKAZAWAの世界観は料理だけにとどまらず、器や装飾と細部にまで及ぶ。

もう1人の料理人は志賀勝栄シェフ。東京都世田谷区にOPENした「シニフィアン シニフィエ」は、低温・熟成発酵によるパンを売る人気店だ。粉の一粒にまで愛をめぐらせ、材料は生産地に赴き仕入れている。

志賀シェフが焼くのは、料理とワインを一層惹き立たせるハード系のパン。松之山温泉水の塩味を活かし、地元の米粉と麹を使う。ハスで蒸し、スゲで結ぶ蒸しパンは製法にもこだわり、松之山を取り込んだ。魚沼産コシヒカリの米粉を使った米粉パンはメインディッシュにも添えられている。

最高のシェフ2人と松之山の間には、深い関わりがある。2人の幼少期は、松之山の自然と共にあった。
高澤シェフの父母が松之山に住んでおり、松之山の自然は遊び場。志賀シェフご自身は、生粋の松之山っ子だ。

風に揺れるブナ林と歌い、冬の山で雪と駆けた。その幼い日の思い出は大人になっても心に残り、今夜のダイニングへと続いている。

TAKAZAWAの手にかかる松之山の食材

松之山ダイニングで振舞われる高澤シェフの料理には、志賀シェフのパンが添えられる。松之山で食べられてきた一つ一つの食材のストーリーを料理と共に味わうことができるだろう。

一品目 |  松之山Amuse Boushe地元の杉に刻印の入った器、飾られているシシウドの花をはじめとする草花は全て野山から摘まれてきた。

「野沢菜のコンフィ」「棒鱈のコロッケ」「車麩のスパニッシュオムレツ」「紫アスパラのピクルス」「猪の生ハム仕立て」の5種類の料理が器を彩る。

「松之山を駆けまわって遊んだ後、近所の家にあがって出されるのはお茶菓子ではなくて野沢菜だったのをよく覚えています。」

そんな思い出話と共に料理が出されていった。

肉や魚を骨まで溶かし味をしっかり入れ込む「コンフィ」というフランスの調理法を野沢菜に。日本海から行商人によって運ばれる棒鱈の干物は、海が遠い松之山のご馳走だった。その棒鱈はコロッケに。この地域でよく食べられる車麩を入れたスパニッシュオムレツには「かんずり」のソースが乗せられ少し辛みがある。紫アスパラは1ヶ月漬け込んだピクルスへ。生ハムになった猪肉は、深山で仕留められ高澤シェフの手元へ巡ってきた。

松之山ダイニングのコンセプトが存分に表現された前菜がテーブルを飾る。

二品目 |  田ねんぼの蛍 ~ジュンサイ、ザリガニ、タニシ~

自分たちの足で集めてきた食材を使う。それもまた松之山ダイニングのコンセプトの一つだ。
松之山の道を走っていると、家の隣や田んぼの横に池のような場所がある。このあたりでは「たねんぼ」や「たね」と呼ばれている。豪雪地である松之山では、屋根から掘り出した雪を積んで溶かす場所であると共に子供達には遊び場でもある。

その「たねんぼ」を料理として表現した酸味のあるライスサラダ。この日の昼に採れた水草のジュンサイの上にあるのは「ザリガニ」と「タニシ」だ。

日本では一般的ではないが、ザリガニの身は繊細でありながら濃厚な味。特に北欧ではエクルビスと呼ばれ食用として好まれている。黒い粒はタニシで料理人達が一粒一粒、殻と内臓を取り出した。透明なトマトゼリーが和えられて、さっぱりとした味わいに。

さらに、この料理には松之山の初夏らしい演出が施されている。

料理の器の下には発光する液体が注がれている。
何を表現しているかお分りだろうか。松之山の豊かで澄んだ水源を初夏に舞う蛍の光だ。
料理が運ばれてくる様子は、ブナ林を飛び回る蛍を連想させるではないか。

三品目 | 山の恵み ~ふきのとう、糠イワシ、保存食~

雪深い松之山に訪れる春、里山からの恵みを思い出すような料理だ。
山菜は松之山が誇る宝の一つ。

春のふきのとうを水煮保存して、松之山温泉水でウオッシュしたラクレットチーズと糠イワシの旨味と苦味がマッチした特製バーニャカウダソースに旬の松之山野菜や、春収穫して保存した山菜をつけて食べる。

クツクツと音を立てるソースに野菜をつけるとふきのとうの香りが広がって食欲をそそる。
新鮮で水々しい松之山野菜と山菜も、種類によって食感が変わり音まで楽しめる。

池と山のテーマでペアリングされるパンはハスの実入りの蒸しパン。山間にある池に生えるハスの葉で包んで、スゲで巻く手法は松之山のおばあちゃん達のチマキ作りそのものである。

四品目 |  清流の苦味 ~鮎、味噌、小石~

鯉は雪国の山間地では貴重なタンパク源として食べられていた。「鯉こく」は鯉を余すところなく食べるために骨も内臓も全て入れ込んだ濃厚な味噌汁。隣の小千谷市では錦鯉が有名だが、松之山では黒鯉はとっておきのご馳走だったのだ。

濃厚な味噌仕立ての川魚の旨みに注目した高澤シェフは今回「鮎」を選んだ。まるで泳いでいるかのような揚げられた鮎が乗っているのは志賀シェフが焼いた竹炭が練りこまれた、小石をイメージした揚げパン。

味噌にバターと生クリームを加えられた濃厚なスープと鮎の内臓の苦味が絶妙に交わる。

五品目 | 伝統の技 ~清兵衛、十日町絣、現代テクニック~

この地域で食べられる「へぎそば」は「へぎ」という器に盛られるもの。へぎに盛られた美しいそばの姿は、織物の糸をより紡ぎ並べられた美的感覚を彷彿させる。器の下に敷かれた「十日町絣」は十日町の織物文化と食文化の融合を表現した。つなぎに布海苔という海藻が使われ、ぬめりとコシが普通の蕎麦よりも強い。高澤シェフが愛する山の蕎麦屋「清兵衛」では「胡桃」と「あさつき」が薬味として添えられていたという。

砕かれた「胡桃」と「あさつき」、野山で採ったクレソン、その上から液体窒素でパウダー状にした「くるみの油」をかける。

クレソンの上に乗っているのが胡桃の油。ブナ林を吹き抜ける風と霞のような冷えた空気が涼しげだ。

松之山は周囲を山々に囲まれた盆地でボウル型の地形のためか、冷たい空気が溜まりやすく夜と朝の間の時間には美しい雲海を眺めることができる。高い山々や棚田から見下ろす雲海のような霞がテーブルの上に現れた。

六品目 | 温泉のエネルギー ~ガパオ、湯治、ホーリーバジル~
メインディッシュに使われているのは松之山温泉の「温泉熱」の力だ。高澤シェフが想いを馳せたのはタイ・バンコク。ガパオライスをイメージしたエスニックな料理である。

地元のブランド豚である妻有ポークのスペアリブを松之山温泉の温泉熱を活用、80℃で6時間、湯治(とうじ)させた。温泉熱エネルギーはスペアリブはナイフを入れるとスルリと骨から肉が離れるほどに柔らかい。

ガパオライスに欠かせない「辛味」は松之山でよく採れる「かぐら南蛮」というピーマンに似た辛い伝統野菜が使用されており、香りづけには松之山で朝採りされたホーリーバジルの花芽がふんだんに使われている。

温泉卵は68℃の温泉熱で1時間以上かけ、究極な丁寧さで作られた。高澤シェフは年に4度ほど、自宅に150ℓの松之山温泉の源泉を持ち帰るほど、松之山温泉を愛している。松之山温泉の力とエネルギーが料理にも生きている。

さて、ガパオライスのライスはどこに?それは松之山温泉水をふんだんに使用した棚田のコシヒカリの米粉パンであった。さらには地の麹も使うことで、パン自体に甘みを与えるという。
温泉のエネルギー、ガパオライスの全容である。

七、八品目 | 銘菓の再構築 ~ブナ林、よもぎ、小豆~

素晴らしいコース料理の最後には新潟らしいデザートが並んだ。ブナの木の枝を表現した古代小麦を使った大納言のパン。
よもぎのアイスと一緒に食べると、洋風の笹団子を彷彿とさせるような味が楽しめる。

柿の葉の上に乗せられているのはお馴染みの「柿の種」だ。身近な酒のおつまみとして人気の新潟銘菓に手造りのホワイトチョコとダークチョコが絡められて、締めくくりのプティフールとなった。

松之山ダイニングで飲むワイン、日本酒、ビールともに新潟・地元産

料理に欠かすことのできないお酒。松之山ダイニングで楽しんでいただいたのは、繊細な泡を楽しむスパークリング日本酒、瓶内二次醗酵の八海山醸造の「あわ」。とりわけ評価の高い新潟ワインコーストのフェルミエとドメーヌ・ショオ。そして豪雪地帯でのワイン造りに命を賭けた日本のワインぶどうの父と呼ばれる「川上善兵衛」が創始者の岩の原ワイン。今回は日本ワインコンクール金賞・部門最高賞を受賞した「へリテイジ」が用意された。そしてもちろん十日町の誇る「松乃井酒造場」からは氷温で3年以上熟成させた熟成純米大吟醸「英保」を楽しんで頂いた。

2018年の松之山ダイニングからは、地元で造られた地ビールも出された。実は松之山を含む十日町市は「ホップ」の生産が盛んで大手ビール会社の契約農家がいくつもあったのだ。ホップが育ちやすい環境であり、米やそば、山菜と同じように、ビール造りに活かせる土壌での地ビール「妻有ビール」が振舞われる。

美人林内をお散歩した後、ウェルカムドリンクとした振舞われた妻有ビールと共に楽しめるアミューズには、塩分の強い松之山温泉水でウォッシュしたラクレットチーズ。トロリと焼いて志賀シェフのパンに乗せて食べる。まさに贅沢な一口だ。

松之山の食への探究心が料理人と呼応する

「故郷に恩返しをしたい。子供の頃に遊びまわった野山や自然の魅力。それを多くの人に知ってもらう為に僕の表現方法である料理を通して感じて欲しいと思います。松之山の森や山の食材はもちろん、失われてしまった食材や調理方法を掘り起こして、活かす。そういうことをしたい。」

高澤シェフが感じている松之山は、彼が幼少期の頃に駆け回った林や池の匂い、大人になって再び訪れて見た風景、そして、遥か昔から松之山の人々が食し、営んできた暮らしの物語である。

松之山で積み重ねられてきた時代のスケール感を私達も料理を通して、身体の中に取り入れることができる。

「人のあたたかさ、温泉のあたたかさ。その中で僕たちが育ってきたということ。こういった環境で料理をつくりパンを焼くことで自分の原点に還っていけるような気持ちになれる。お客さんにも松之山ダイニングが『自分の原点を考えるきっかけ』になって、舌を満たすだけじゃなくて、心の栄養にもなるような時間を過ごしてもらいたい。」

続けて、志賀シェフが語る「自分の原点に還る」ということ。
料理にこめられた食材の物語と料理人の探究心に想いを馳せると、自分の心の中にある原風景を思い出すことができるのではないだろうか。

「人生が変わる」今夜限りの松之山ダイニング。あなたにもぜひ体験してもらいたい。
ブナ林の間からもれる笑い声と共に、ゆっくりと夜はふけていく。