十日町市と津南町を擁する越後妻有地域では3年に1度、現代アートの祭典で賑わう。
越後妻有を舞台に世界各国のアーティストやデザイナー達が生み出す作品は、地域に新たな風景と繋がりを創り出す。

大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ。2000年に始まった「アートを道標」として地域をひらく取り組みだ。

一面に広がる里山の風景に突如として現れる数々のモニュメントに圧倒される。まるで地域全体が美術館であるかのようだ。
そんな大地の芸術祭の里として知られる越後妻有地域の奥の奥、松之山温泉郷にも新たな風景が刻まれた。

松之山温泉に現れた「オズボーンの雄牛」

2018年に生まれた新たな作品を求めて温泉街を歩き、流れる川を横目に不動滝を目指していくと黒い雄牛のモニュメントが見えてくる。その名も「ブラックシンボル」。松之山温泉を見渡すかのような立ち姿と存在感は訪れる人々を魅了する。


松之山温泉を見渡す黒き雄牛

「私達は自転車で松之山を巡り、多くの自然と人々に出会った。彼らにはとても親近感を抱いた。2018年は日本とスペインの外交関係樹立150周年の年でもあったが、それ以上に松之山が持つ自然に魅力を感じて、私達はこの場所にオズボーン社のシンボルを提供することにしたんだ。日本にオズボーンの雄牛を設置することになったので、地震への対策やこの地域特有の3mを超える積雪に耐え得る建造物にした。間違いなく、この雄牛は世界で一番頑丈なオズボーンの雄牛だよ。」

オズボーン社の役員イワン・ランツァ氏はそう語る。

オズボーンの雄牛は、スペインの有名シェリーブランド「オズボーン・グループ」のシンボルマークだ。
それを型取った看板は、元々オズボーン社の広告看板としてスペイン全土に設置されていた。その数91ヶ所。1772年にシェリー醸造所として設立された歴史ある企業のオズボーン社。長い時間を経て「オズボーンの雄牛は看板にあらず」と言わしめるほどに、今やスペインの代表的なシンボルマークとして浸透している。


オズボーン・グループのシェリー酒はスペインの国民的な酒だ

松之山温泉で行われた竣工式とレセプションパーティー

松之山の新たなシンボルの誕生を祝して大地の芸術祭を前に行われた竣工式が行われた。
オズボーン社のイワン・ランツァ氏とアーティストのサンティアゴ・シエラ氏が来日し、地元の松之山の人々も多く集まった。

「”シンボル”と名がついているからには、松之山温泉の新しいシンボルになっていくように色んな可能性を考えていきたいですね。」

そう語るのは松之山温泉組合長の柳一成さん。

「温泉街を歩いて、一番奥まで行った先にブラックシンボルが佇んでいる。この作品を見るために訪れた人たちに、松之山温泉を楽しんでもらうための食や体験をつくりたい。このシンボルによって地域に生まれることが楽しみであるし、この風景の下に育つ松之山の子供達の将来に何かを残すことができたらと思っている。」

その一歩目を踏み出すかのように、この日のレセプションパーティーには「湯治黒牛」を使った料理が出された。源泉の温度が高い松之山温泉の温泉熱で低温調理された黒毛和牛である。

松之山温泉とオズボーンの雄牛のコラボレーションの可能性を感じさせる取り組みには目が離せない。


湯治黒牛はブラックシンボルになぞらえた新しい食体験になる


化石海水が自噴した松之山温泉水で洗うウォッシュドチーズはシェリー酒のお供に

越後妻有の奥の奥、松之山温泉の一角に現れたスペインとの接点。この繋がりは着実に変化を与えていく。

この作品を生み出したアーティストに話を聞いた。

現代アーティスト サンティアゴ・シエラ氏のメッセージ

サンティアゴ・シエラ氏。大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ2018の招聘アーティストの一人だ。
日本を賞賛する彼によって松之山の力強い自然が発見され、スペインの文化を背負う雄牛やオズボーン社との繋がりが生まれた。


サンティアゴ・シエラ氏

サンティアゴ・シエラ氏
1966年スペイン、マドリッド生まれ。ミニマル/コンセプチュアルアートの手法を背景に、資本主義社会や日常に内在する権力や階級のヒエラルキーについて探求する作品を世界各地で展開している。シエラは、貨幣交換や労働搾取をテーマに、社会的弱者を雇って無意味なことをさせるパフォーマンスなど、観客にモラルや正当性を問う緊張感を持った作品を発表し続けている。-大地の芸術祭HPより引用


日本の神事に参加して塩をまくサンティアゴ・シエラ氏

「最初のアイデアは、私の国が持つ文化と繋がることができないかということだった。いろんな景色を見てきて、松之山の美しく力強い自然がブラックシンボルとまるで結婚するかのようにピッタリと合ったんだ。だから、その場所を選んだんだ。この松之山のブラックシンボルが多くの人に見られ、この場所が有名になってくれたらと思っているよ。」

サンティアゴ・シエラ氏は、オズボーンの雄牛(そして、その看板が象徴する文化)と松之山の持つ自然とのマリアージュについて語る。
このブラックシンボルが松之山に創られることの意義とは何かを考えさせられると同時に、松之山に流れ込んでくるスペインの文化によって新しい関係性が生み出されることを期待させる。

今、松之山の風景が更新され、この場所にスペインと松之山を繋ぐシンボルが生まれたという変化は、新しい文化と風景の始点となる。これから先、この場所に立ち続けるであろう黒い雄牛が地域に何をもたらすのだろうか。

ここに住み育つ子供達が、ブラックシンボルとともに歴史を紡いでゆく先に、その答えが待っているであろう。

ブラックシンボルはアートワークとしての物質的な価値だけでは語ることのできない新たな文化を生み出すシンボルだ。
あなたが松之山で黒い雄牛に出会った時、彼とその地域が背負う過去と未来を、力強さを心から感じてもらいたい。