「もち米」ではなく「うるち米」から作られる、歴史ある「志んこ餅」

小判型で、笹の葉に包まれた一口大の「志んこ餅」は、松之山の名物の一つ。
餅というと通常はもち米から作られるが、志んこ餅はうるち米を細かくした上新粉から作られるのが特徴だ。その上新粉に水を混ぜてこね、蒸して搗(つ)くことで粘りとコシを出す。
クルミ油などで艶出しコーティングされている表皮はつるつるとして、もち米とはまた違う食感だ。中に入っているこし餡は、甘さを抑えていて食べ飽きない。そして、手ごろな値段が、松之山を訪れた観光客の人気の秘密になっている。
現在、松之山では4か所で志んこ餅を販売している。「十一屋商店」「まるたか」「ひなの宿ちとせ」の3か所が温泉街に、「小島屋製菓店」は松之山郵便局前の「松之山」信号を、松代方面に向かって約400メートルの道沿いにある。

それぞれ特徴を出している松之山の志んこ餅だが、その歴史は古い。『松之山町史』には、次のような伝説が紹介されている。

── 1507(永正4)年、ある夫婦が珍しい餡餅を3つもらった。夫婦それぞれ1個ずつ食べたが、残る1個をどうするかで争いになった。結局、最後までしゃべらない方が食べて良いということになった。その夜、家に泥棒が侵入してきた。乱暴されそうになった妻は思わず声を出し、泥棒は逃げ出した。それを見た夫が「これは俺のものだ」と言って残る1個を食べてしまい、妻と大喧嘩になった。そこへ高徳の僧が通りかかり夫婦を諭した。餅が縁で仏の真理を聞き、改心して信者となったので「真粉餅」と呼ぶようになったという。──

また、町史によれば以下の話がある。松之山の天水島という集落に住んでいた与市兵衛が明治時代から作っていた。その後天水越という集落の桶屋(屋号)が受け継いだという。
砂糖以外は自家製で、毎朝3時起きで作り、笹を十文字に重ねて菅(すげ)で縛った包みにして現在の温泉街がある湯本に売りに行った。しかし、太平洋戦争が激化して原料確保が困難になったため、戦時中にいったん中断したそうだ。

松之山と全国のしんこ餅の違い

戦後、まず「十一屋商店」と「小島屋製菓店」の2店が志んこ餅を復活させた。その際、それまで柏餅のような俵型だったものが小判型に変わった。また、包みは笹を模したビニール製になった。高度経済成長で日本全体が豊かになり、全国に団体旅行客がたくさん訪れるようになったことが背景にある。町史によれば、この時期は年間約100万個もの売り上げがあったという。
その後、バブルが弾けて旅行客層も団体客から個別客になると、商品の差別化が図られるようになる。「ひなの宿ちとせ」では、いまから28年ほど前に、よもぎを使った草餅で本笹の志んこ餅「光しんこ」を旅館の売店で販売するようになった。その後に「まるたか」も同じく本笹の商品を販売するようになり、よもぎ餅と従来の白い餅の二種を販売している。

「まるたか」で販売されているよもぎ入り本笹の志んこ餅10個詰め 850円(以下すべて税込価格)

「ひなの宿ちとせ」のよもぎ入り&本笹の志んこ餅(10個1100円)

ちなみに、上新粉を使った「しんこ餅」は松之山だけでなく全国各地に存在している。秋田の能代地方では、こし餡の中に白玉のような一口サイズの餅がまぶされているしんこ餅が食されている。
千葉県のしんこ餅は棒状になっていて、それを包丁で輪切りにして醤油餡などで食べるのが一般的だ。また、京都では一口サイズで、棒状にひねって成形されている。ニッキや抹茶などを混ぜて味をつけたものもあり、きな粉や黒蜜をかけて食べるという。
中に餡子が入っている点で似ているのが宮城のしんこ餅だ。ただし、こちらは一枚の薄めの皮で餡を二つ折りに包むのが基本形のようだ。
このように、一言で「しんこ餅」と言っても、各地方で特色があり異なっている。共通しているのは上新粉で作られているということだけと言っても過言ではなさそうだ。餡が中に入っていること、そして小判型で笹(あるいはそれを模したもの)に包まれているというのが、松之山の「志んこ餅」の特徴だろう。

こし餡にまぶされている秋田能代地方のしんこ餅と、棒状の固められた千葉のしんこ餅、そして細い棒状でひねられた京都のしんこ餅

十一屋商店の「志んこ餅」の製造現場を訪ねる

じっさいに自分のところで作っている2店舗のうちの1つである十一屋商店に、志んこ餅の製造現場を見せてもらった。商店となっている1階の店舗から二階に上がると、そこが製造現場だ。
「いまは新型コロナで最盛期の半分くらいですが、それでも1日500個くらい作ります。」と4代目店主の福原基裕氏(48歳)は話す。
取り寄せた上新粉に水を混ぜて練り、蒸して搗いて餅にする。餡の味付けは甘すぎないようにして、少しだけ塩を混ぜる。その加減が餡の味を左右する。
「朝4時には起きて作業を始め、開店の午前8時には出来上がっているように間に合わせます」(福原氏)
まさに時間との勝負。機械で餅の中に餡を包み、小判型の餅が出てくると、それを素早く木の四角い桶の中に並べる。出来立ての真っ白くつやつやした餅がきれいに並べられていく様は壮観だ。そして手早く包んで並べられ、階下に送られる。下ではその餅を10個、15個入りで包装して、店頭に並べる。
福原氏は、「細かい作り方は秘密ですが、うちの餅は粘り気が強く伸びるのが特徴です」と教えてくれた。実際、食べてみると、まるでもち米で作ったように伸びるのでびっくりする。

機械から餅の中に餡が入れられて出てくるのを、手で丸めて小判型に成型する

成形した小判型の志んこ餅を笹を模したビニールで包んでいく

1階の店舗内で包装を施し店頭に並べられる

志んこ餅の米を作っている農家を訪ねた

十一屋商店に上新粉用の米を入れているのが、松之山黒倉集落で農業を営む横山仁志氏(47歳)だ。横山さんは2015年に「地域おこし協力隊」として松之山で3年間農業を学び、そのまま黒倉地区に移住し、就農した。
広島県出身の横山氏は、大学卒業後、一度大手流通会社に就職した。だが、実家は農家でゆくゆく自分も就農を考えていた。たまたま、十日町市で数年に一度行われる「大地の芸術祭」を奥さんが訪れ、松之山の地に惚れ込んだ。その流れで横山氏も松之山に魅かれるようになったという。
「豊かな自然と素朴な人たちにすっかり魅了され、ここで農業をやりたいと思いました。市役所の人に移住の相談をしたところ、地域おこし協力隊の話を聞きこの地での就農を決断しました」(横山氏)

横山仁志氏に松之山の黒倉地区にある氏の棚田に案内してもらった。志んこ餅用のコシヒカリ従来種を作っている

「その当時から、十一屋商店の福原さんと懇意にさせていただきました。就農して軌道に乗ったら、志んこ餅用の米を作って欲しいと言われました。2019年からそのための田んぼを確保し、卸せるようになりました」と、横山氏は話す。
松之山でもさらに山の奥に入った黒倉地区にある棚田の一つに案内してもらった。地元の農家の人が高齢で耕作ができなくなった棚田を、そのまま借りることができたという。周辺の土は鉄分が多い粘土質で、米づくりには最適だという。9月初めに訪れたが、約5反の面積にコシヒカリの従来種が豊かに実っていた。
横山氏は最近市場で見られなくなったコシヒカリの従来種をしんこもち用にと耕作している。「味があっさりしていて昔ながらの味を守れるのではと、従来種を十一屋さんに卸しています」
年間約1トンもの量を卸しているそうだが、十一屋商店の福原さんに聞くと、「従来種の上新粉から作ることで味がよくなりました。なにより、松之山の米で作りたかったという願いが叶いました」と嬉しそうに語ってくれた。
松之山産の従来種コシヒカリによって十一屋の志んこ餅はさらに進化を遂げ、より松之山の銘菓としてのストーリーを身に付けたわけだ。

店舗のそれぞれの特徴と歴史とは?

その十一屋商店の斜め向かいに「ひなの宿ちとせ」がある。明治時代から続く老舗旅館だが、代表の柳一成氏はいまから28年前に建物をリニューアルする際、志んこ餅の販売を考えた。
「地元の名産ですから、やはり旅館の売店に志んこ餅を置きたかった。ただ、すでに販売しているお店の邪魔になってはいけないと、基本的に館内の売店での販売に限っています」と柳氏は話す。
商品開発にあたって新潟県内や魚沼、妻有のこだわり食材を扱う㈲一粒に依頼した。
「昔からのお付き合いの流れでご相談いただきました。差別化を図る意味でよもぎ餅で作ること、包むのには本笹を使うことにしました。とくに、こし餡の品質と味にはこだわっています」と、同社の専務取締役の猪俣光弘氏(39)は語る。
全体の包装も独特でおしゃれなものになっている。同社はオーガニックな地元魚沼産の材料を使ったジュースをメインに製造・販売しているが、デザインにもこだわりがある。
「品質に見合った商品のイメージを大切にしたい。デザインもオリジナルなものを目指しています」(猪俣氏)
一見すると温泉街のお土産には見えない感じで、今風のデザイン。そして笹を広げると少し小ぶりで、全体的に上品な仕上がりが「ちとせ」の志んこ餅の特徴だろう。

おしゃれな包装で他店の商品とは一線を画すデザイン

「ひなの宿ちとせ」の玄関を入ってすぐのところにある売店では、志んこ餅のほかにも様々なお土産を売っている

本笹を使っているという点では「まるたか」も同じだ。笹はすべて県内産のクマ笹を使用している。
「笹は殺菌作用があるから日持ちがするのが一番のメリットでしょう」と、店主が話してくれた。どの店の志んこ餅も、防腐剤などの添加物が入っていない自然なもの。だから常温で売っているものはできる限りその日のうちに食べることが望ましい。本笹で包めばより衛生が保たれるというわけだ。
ちなみに多くの店舗では冷凍ものも売っているので、その日のうちに食べられない人でも大丈夫だ。
さらに同店の志んこ餅の特徴はよもぎ入りと普通の白い餅の2種類が選べること。両方買って食べ比べてみるのもいい。

温泉街から1軒離れて営業しているのが「小島屋製菓店」だ。十一屋商店と同じく古い歴史を持つ老舗だ。その昔、独自に作った餅と餡子で作った志んこ餅を温泉街で売り始めたという「志んこばあさん」からの秘伝が伝わっていると、店のサイトで紹介している。
柔らかくコシのある餅とまろやまな餡子の味が自慢。さらに、このお店の特徴は基本1個1個バラで販売していること。お土産用ではなく、その場で食したい時にはバラ売りがありがたい。
もちろん、お土産用に10個、15個、20個の詰め合わせにしてもらうこともできる。また、予約すれば本笹包みにしてもらうことも可能だ。
もう一つの特徴はお店の開店時間が朝の7時と早いことだ。朝早く旅館を出発して帰路につく観光客にとって、早朝からの営業はとてもありがたい。

温泉街とは少し離れたところにある「小島屋製菓店」

以上のように、松之山の志んこ餅は一見同じように見えてそれぞれ歴史と特徴がある。食べ比べてみるもよし、ひいきのお店を作るのもよし、あなた次第の楽しみ方を発見してみてはいかがだろうか?

<店舗情報>
十一屋商店 十日町市松之山湯本9-1 8:00~19:00 ℡025-596-3355 不定休
小島屋製菓店 十日町市松之山新山565-1 7:00~19:00 ℡025-596-2104 第1・第3水曜日(冬季は水曜日)定休
まるたか 十日町市松之山湯本9-5 ℡025-596-2076
ひなの宿ちとせ 十日町市松之山湯本49-1 ℡025-596-2525