毎年「松之山温泉ふぇすてぃBAR」で大学生たちの拠点となる松之山温泉奥にある「地炉」

6回目のふぇすてぃBARでは高崎経済大学の学生が初参加

あたりはすっかり陽が落ちて、お店や旅館の灯りが松之山の黒い山並みを背景に浮かび上がる。いつもなら宿泊客が各旅館に落ち着き、温泉に入ってこれから夕食という時間帯。静かなはずの温泉街が、この日は通りを歩く人で賑わっている。
2月7日(金)と8日(土)の2日間、「松之山温泉ふぇすてぃBAR 2020」が開かれた。雪深いこの時期に毎年開催される、松之山温泉と大学生とのコラボイベントだ。第6回目となる今年は、高崎経済大学観光政策学科の学生が初参加した。
松之山温泉街の旅館や飲食店など12店舗が、大学生と一緒になって、17時から20時までの間にBarをオープンする。温泉街の入口近くにある「山の森のホテルふくずみ」か、中央にある「ビジターセンター」であらかじめチケットを購入する。
7枚組3000円、4枚組2000円。その枚数分だけバーで飲食ができる。チケット1枚につき日本酒一杯と、それぞれの日本酒に合った店舗のオリジナル料理が1品つく。新潟の地酒に、料理は松之山、十日町など妻有地区の名産、特産をアレンジしたもの。
7枚組のチケットを片手に、1軒目、「ふくずみ」からスタート。ホテルの玄関口を入り奥に進むと、テーブル席とカウンター席のバーになっている。薄暗い照明の中でキャンドルの灯りが落ち着いた雰囲気を醸し出す。
運ばれてきたのは「ぬかごとブリのすり身の甘えび磯辺揚げ 寿司付き」。それに麒麟山の吟醸酒だ。すっきりとした麒麟山に磯辺揚げの風味が合う。丁寧な料理とおしゃれな雰囲気の中、すっかりくつろいでしまう。


「山の森のホテルふくずみ」で出された「ぬかごとブリのすり身の甘えび磯辺揚げ 寿司付き」と麒麟山の吟醸酒

店舗ごとに種類の違う新潟の酒とオリジナル料理が

「ふくずみ」を出て通りを進むと右手に「さか新」の赤ちょうちんが見える。これはまた純日本風の趣き。暖簾をくぐりカウンターに座る。こちらで提供される酒は「越の露 純米吟醸しぼりたて生原酒」。地元松之山でとれるお米と水で作った、純松之山産だ。
料理の「とりつくね団子」のあっさりした和風味と、「越の露」の豊潤な味わいがマッチしている。
「手打ちラーメン柳屋」では「松乃井 純米吟醸」に、つまみとして松之山の名物「湯治豚」を使った「しっとり湯治豚チャーシューとポテトサラダ」が出された。「湯治豚」は津南、十日町の養豚業者が育てるブランド豚「妻有ポーク」を、松之山温泉の熱で真空低温調理したもの。ジューシーな肉のうまみが凝縮されている。
ポテトサラダも絶品で、素朴な味わいに香り豊かな「松乃井」のがぴったりだ。


「さか新」で出された「とりつくね団子」と「越の露」


「手打ちラーメン柳屋」では「しっとり湯治豚チャーシューとポテトサラダ」に「松乃井」が出された

各店舗オリジナルのつまみに、それぞれ種類の違う新潟の酒を提供している。たとえば「日の出家」では「想天坊 大辛口」に、つまみは「鳥モツ煮込み」。通りの中央にある十一屋商店2階の「画廊喫茶亜土梨絵」では、「山間」のoriori rockと、純米吟醸活性にごり酒の二つを、「じっくり煮込んだあつあつおでん」とともに味わう。
同席した人に聞いたら、「酒の宿玉城屋」の「南蛮海老とカリフラワーのエピスーマ」が絶品だったとか。残念ながらすでに売り切れらしい。そのほか「ひなの宿ちとせ」の「湯治牛『ブラックシンボル』」がおいしかったという人も。店舗によっては学生が対応し、料理や日本酒の説明をしてくれるところもあった。日頃は触れ合うことの少ない若い学生たちとの交流が楽しめるのも、このイベントのだいご味だ。

たどり着いた「地炉」で出会った酒と料理

7枚あったチケットもあっという間に残り少なくなり、最後に訪ねたのが温泉街の一番奥にある「地炉」だ。「地炉」は2006年、温泉街の上の集落にあった築100年の古民家を改造してつくられた体験施設で、イベントや各種の交流会などが行われる。
毎年、この「地炉」が学生たちの拠点であり、出店にもなっている。ここでは「花梨酒24年熟成」と「バニラアイス」が出された。
「バニラアイスに花梨酒をかけて召し上がるととてもおいしいですよ」と接客係の女子学生に勧められた。花梨酒の豊潤で薫り高い味わい。それをバニラアイスに掛ける。飲んだ後のデザートとして最高だ。
それだけではなく、壁には「キャベツと蒸し鶏の梅と塩昆布和え」「レンコンの明太バター炒め」などのメニューも並ぶ。毎年学生を引率する高崎経済大学観光政策学科の井門隆夫教授によると、今回の学生は全国各地の出身者が多く、地元の名産を親や知り合いなどから安く仕入れ、それを材料にした料理メニューに力を入れているという。
仙台から来た女子学生が勧めるままに、地元から取り寄せたという「定義山の三角油揚げ」を注文した。手のひら大の大きさの油揚げを、囲炉裏の火の上に掛けられた網の上で焼く。香ばしい匂いが立ち込め、熱々のうちに醤油をかけて食べる。分厚い揚げから甘い油がジワリと染み出し、これまた格別のおいしさ。食べきれないかと思っていたら、ペロリと平らげてしまった。


「地炉」で接客をする高崎経済大学の女子学生たち


目の前の囲炉裏の火で焼いてくれる定義山の三角油揚げは絶品


「地炉」の座敷奥にある囲炉裏端では地酒と大学生たちによる手料理で遅くまで盛り上がった

「地酒を楽しむ温泉街」を内外にアピール

「松之山温泉ふぇすてぃBAR」では料理に合う日本酒を出すということが大きなテーマになっている。昨年5月、松之山温泉組合による「地酒を楽しむ(醸す)温泉街宣言」がなされた。新潟の地酒を存分に楽しめる温泉街として、温泉街全体が日本酒の知識を深め、お客様に地酒のうまさと楽しみ方を伝えることを目指した。
その流れの中で、「松之山温泉ふぇすてぃBAR」でも、昨年から参加大学生が「日本酒ナビゲーター」の資格を取得し、イベントの中でお客様に日本酒の紹介と説明をしている。地酒を楽しむ温泉街を内外にアピールし、定着させるのが目的だ。
中心となって活動する「酒の宿玉城屋」の主人山岸裕一氏は、「日本酒は『爽酒』『醇酒』『薫酒』『熟酒』の4つの分類に分けられます。それぞれのお酒にはそれぞれ合う料理がある。今回のふぇすてぃBARではそれを強調し、よりお客様に日本酒と料理の関係を理解していただけるようにしました」と話す。


松之山温泉を日本酒の温泉街にするべく、学生たちに日本酒の指導をする「酒の宿玉城屋」の主人山岸裕一氏

「爽酒」は口当たりが軽やかで、すっきりとした清涼感のある酒。新潟県が誇る端麗辛口の酒のほとんどがこの分類にあたる。幅広い料理と相性の良い酒だ。「薫酒」は香りが高く軽やかな味わいが特徴。まろやかなうま味があり、素材の味を生かした料理と合う。
「醇酒」は甘味、酸味、苦味、コクが強く、濃厚な味わいの酒。しっかりとした、強い味の料理に合う。「熟酒」は長時間熟成させた珍しい日本酒で、とろりとした深い甘味と酸味が特徴的で癖のある味わいがある。好き嫌いが分かれるものの、味の濃い料理などに合う。
今回の各店舗の酒も、「ふくずみ」「日の出家」「玉城屋」では「爽酒」が出され、「柳屋」「お食事処山愛」では「薫酒」が、「さか新」「ちとせ」「亜土梨絵」「和泉屋」では「醇酒」、「野本旅館」「地炉」では「熟酒」が提供された。

「ふぇすてぃBAR」を企画した井門教授の狙いとは?

「最初は地元の人向けに企画しました。それがいまでは県外からのお客さんも増え、リピーターになっている人もいるそうです。学生であり素人が絡むイベントなので、ハードルが上がってしまうのも怖いのですが、認知されてきたのはうれしい限り」と話すのは、前出の井門教授だ。
首都圏の大学などで観光学を教える井門教授は、学生たちに実地体験を積ませるべく、6年前に「松之山温泉ふぇすてぃBAR」を企画した。「観光学は机上だけでは学べません。実際にホテルや旅館の人たちと働き、接客をする中で実感として体得するものが非常に大きい」(井門教授)


「松之山温泉ふぇすてぃBAR」を企画し学生たちを引率する高崎経済大学観光政策学科の井門隆夫教授

同時に地元松之山にとっても、雪で旅行客の足が遠のくこの時期にイベントをやることで地域の活性化になると考えた。「最初は地元の人たちが盛り上がってくれればいいと考えていました。松之山や十日町の人たちに温泉街の取組みを知ってもらいたかった。実際若い学生が大勢温泉街に来ることで地元の人も喜んでくれました」と井門教授。
一方、学生たちも都会で勉強するだけでなく、地元の人たちとの交流は貴重な体験だ。毎年15人ほど、井門ゼミの3年生が参加している。
井門教授は今回の高崎経済大学だけでなく、立教大学でも教えている。また以前は文教大学でも教えていて、毎年それらの大学のゼミ生が順繰りにイベントに参加してきた。「大学によってカラーが全然違いますね。昨年は立教大学でしたが、接客などこなれた子たちが多かった。今年の高崎経済大学の学生は素朴ですが、自分たちで料理メニューを考え、お店として積極的に活動をしたいと考える子が多かったように思います」(井門教授)
玉城屋のBARに参加したゼミ生の北村萌海さんは、「玉城屋さんでも地炉でも、お客様と積極的に話をすることができたのが自信につながりました。玉城屋さんでお話ししたお客さんが地炉に来て覚えていてくれて話ができたのは嬉しかった」と話す。
また、関口莉奈穂さんは、「何でも自分一人でやろうとして無理が出てしまいました。もう少し役割分担を意識し、完璧主義に陥らず人に任せる力をつけたいと思いました」と自身の反省点を述べてくれた。学生たちにとっても、この2日間は貴重でかけがえのない体験だったようだ。
「この体験を通じて学生たちに松之山の良さを知ってもらうということも目的の1つです。実際、4年生や卒業生が自費で参加する子も多い。なかには友達を連れて松之山温泉に遊びに来る子たちもいます」と井門教授は話す。


今回「ふぇすてぃBAR」に参加した高崎経済大学観光学科3年生の面々。ほかでは味わうことのできない貴重な体験を得た

井門教授が語る、他の地域にはない松之山の可能性

井門教授自身、松之山との関係は古い。最初は20年ほど前、あるシンクタンクの「1万円で泊まれる全国の温泉宿」と言う企画で、和泉屋に泊まったのがきっかけ。その後地元活性化などで松之山温泉に関わった。12年前、松之山温泉組合などが参加してつくった地域活性化のための合同会社「まんま」の立ち上げにも加わり、その社員となって現在に至っている。
「まだ地方活性化が叫ばれる前の話で、先駆的な取り組みだったと思います。私としても社員として名を連ねている以上、具体的に何らかの活動を通じて松之山に貢献したかった」と井門教授。「松之山温泉ふぇすてぃBAR」はその活動の1つだ。
井門教授は松之山と松之山温泉の特異性を指摘する。「仕事柄、全国のいろんな地域活性の取り組みに関わっています。壁となるのが地域の閉鎖性と世代交代の難しさ。その点、松之山の人たちは驚くほどオープンマインド。また、温泉街の旅館経営の世代交代も、上の世代の人たちの理解が早く、一気に世代交代できました。こんな地域はなかなか見当たりません」(井門教授)
松之山は自分の第二の故郷だと井門教授は話す。「来年はたとえば立教大学の学生と高崎経済大学の学生と、1週間おきにふぇすてぃBARを行い、いい意味で競争させるというのも面白いかも知れませんね」と次なる企画を考えている。
教授の松之山に対する強い思いとこれまでの実績が、地元の人と学生たちとの交流を安心して深めていく事につながっている。地元を元気にするとともに、そこから松之山を愛する若者が確実に生まれ、広がっていく。「松之山温泉ふぇすてぃBAR」は大きな意義と可能性を秘めていると言えるだろう。