留守原の棚田

春には水田が鏡のように朝日に染まる空を映し、真冬は一転、その姿を一面の銀世界へと変える。四季折々の美しい景観で、私たちを魅了する雪国の棚田。松之山や近隣の松代には、全国から多くのカメラマンが訪れる人気の棚田がいくつもある。しかしその美しさのかげには、農業としての苦労がある。

棚田は山間地にあるため、道幅も狭く、大型の機械を入れることが難しい。田植えや稲刈りはもちろん、夏場の畦の草刈りなど、より体力が必要な小型の機械か、手作業でやることが多くなる。もちろん、早朝、霧をまとった山々に囲まれながら、夜つゆが朝日に次第に照らされていくのを感じたり、ひと仕事終えた後、額の汗をぬぐいながら眺める夕日などは、他では代えがたい爽快感を生むだろう。しかし、棚田の維持には根気だけでなく、体力がなによりも必要だ。高齢化に悩む松之山では、棚田を維持することは容易ではない。

棚田全体を見渡せる見晴らしの良さと、茅葺小屋が醸し出す趣の深さで、松之山の数ある棚田の中でも特に人気だった留守原の棚田。平成23年に発生した新潟・長野県境地震による地すべりで大きな被害を受ける以前にも、地主の高齢化などにより何度か存続が危ぶまれてきた。しかしその度に、地域を思う人々によって守られ、復旧した今もなお支え続けられている。

平成18年から平成22年まで、留守原の棚田の維持管理において中心的な役割を担ってきた樋口一次さんに、当時から現在までの話を伺った。

棚田の美しさを支える人

平成18年頃、留守原の棚田の管理者は、自分に代わる新たな後継者を探していた。もともと高齢の地主から耕作を引き継いでいたが、自身も高齢になり体力に自信が持てなくなっていたのだろう。樋口さんが「松之山農業担い手公社」に入社したのは、ちょうどそんな時だった。「松之山農業担い手公社」は、松之山地域の農業の担い手の育成や、農作業の支援などを行う市の財団法人。高齢などの理由により、農家ができなくなった水田の維持管理の代行も行っている。当時から撮影スポットとして人気だった留守原は、観光資源としての価値も高く、市としても無くすわけにはいかない。樋口さんが留守原の棚田の維持管理を担当することになった。

水の管理のため、2~3日にいっぺんは出勤前に留守原の棚田に通うなど、耕作に汗水を流す日々。「カメラマンが三脚立てて構えているわけ。見られていると、休んだりするのもなんかバツが悪くてね」と、笑いながら当時を振り返る樋口さん。

そんなある日、樋口さんのもとに、ある団体から「松之山で稲作をしたい」との相談が持ち込まれる。団体の名前は「とんぼプロジェクト」。十日町市出身の方が中心になり、中越大震災によって被災した十日町市の活性化のためにと、早期復興の支援活動を開始した団体だった。すぐにその提案にのり、平成19年より留守原の棚田での稲作体験が始まることとなった。

「とんぼプロジェクト」のメンバーは都内在住の人ばかり。春の田植え、初夏の草取り、秋の稲刈り。体験する全てが新鮮だった。「普段ビルに囲まれ、事務仕事ばかりしている自分たちにとっては、とてもいい気分転換になるって、本当に楽しそうだったねえ」。泥だらけになるような手仕事を、喜んでこなしていたそう。

松之山温泉組合も精一杯のもてなしで歓迎した。畦の草刈りは旅館組合が請け負ったほか、人手が足りないような時は積極的に作業に参加。また、一生懸命働いた後は、当然お腹がすく。旅館の女将たちが「棚田レストラン」と称し、現地で薪を使ってお米を釜炊きし、おにぎり、味噌汁の他、山菜料理などを振る舞った。棚田から戻ったらもちろん、疲れた身体を温泉と夕食で癒してもらい、その後は体験施設「地炉」で囲炉裏を囲んでの二次会も。         
はじめの年は10人あまりの参加者が、年を追うごとに増え、多い時には20人を超えるように。「とんぼプロジェクト」と松之山の交流は4年ほど続いたが、順調に思われた矢先の平成23年、震災による地すべりで留守原の棚田での稲作ができなくなってしまう。

しかしそれでは終わらなかった。場所を松之山の中尾集落に移した交流は、平成27年まで続いたそう。第二の故郷のように思えるのだろうか。メンバーが友人を連れ、ふらりと旅行に訪れることもあるという。

平成26年に留守原の棚田が復旧して4年。旅館組合は毎年、棚田の畦の草刈りを大々的に行っている。震災前と同じように、耕作は担い手公社が引き受けている。「昔の人は特に、自分の田んぼにすごく愛着があるんです。自分の代で、田んぼを絶やしてしまう、なんてことはあってはならないって」。棚田は手間がかかる。だからこそ、より一層愛着が湧くのかもしれない。「棚田を絶やしてはならない」。昔のように趣深く、美しい景観をとり戻しつつある留守原を見て、そんな地域の人々の思いが、今も確かに息づいているように感じた。

語り手:樋口一次さん
農業協同組合を退職した後、平成18年「松之山農業担い手公社」に入社、平成26年まで地域の農業に貢献する。松之山の中尾集落出身。

関連リンク:ジョニー・ハイマスさんが気付かせてくれた棚田の魅力
http://www.matsunoyama-onsen.com/2017/07/04/01-7/

棚田の美しさを支える人

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