そこでしか経験できないことに出会う。それが旅の醍醐味ではないでしょうか。「ここ松之山に来る人は都会でおいしいものを食べてる。だから都会では食べられないものを出してあげなきゃ」。そう語るのは滝沢博さん。旅館「凌雲閣」で長年板前として勤めていた滝沢さんは、地物にこだわることで「松之山でしか経験できないこと」を大切にしてきました。毎年春になれば、山菜を自らの手で採集してお客様に振る舞っていたそうです。その中でも雪国でしか食べられていなかった山菜があるということで、滝沢さんに案内してもらいました。

木の芽を採る滝沢博さん

季節は5月半ば。外に出ると、まだ雪の残る高い山と新緑とのコントラストが美しい、雪国ならではの景色が広がっています。到着した山の麓には、既に別の山菜採りの車が数台。松之山は春の山菜シーズンの真っただ中。滝沢さんに案内されて林の中に入るとすぐに、その山菜を見つけることができました。少し赤茶けた色のツル状の茎の上に、ちょこん、ちょこんと座った小さな葉っぱがかわいらしい。これが「木の芽」です。

木の芽

「木の芽」と聞くと、関東の方は山椒の若葉を思い浮かべるかもしれません。しかし雪国に暮らす人にとっての「木の芽」とは、アケビの新芽のことを指します。直径1mmほどの細さで、少量しか採れないことから地元の人からも重宝されている山菜です。新潟県森林研究所によると、アケビには、太平洋側に多い五葉アケビと、日本側に多いミツバアケビがあり、食べられているのは苦みの少ないミツバアケビの方だとか。ミツバアケビの新芽を食べる習慣は新潟県全域と山形県の一部地域にしかなく、新潟県でも30年ほど前までは中越地方でしか食べられていなかったそうです。木の芽はまさに「雪国の山菜」と言えます。

木の芽を採る滝沢博さん

「すっと伸びてて太いやつね。こういうのが柔らかくておいしいんですよ」。太いものだけを選んで採る滝沢さん。それでも、林に入ってものの数分で滝沢さんの手には木の芽がいっぱい。板前をしていた頃は、1時間のうちに約1kgもの木の芽を採っていたのだそうです。新潟市在住の知人に送ると、その太さと美味しさにいつも驚かれるとか。松之山には太くて美味しい木の芽が多いのでしょうか。

木の芽を採る滝沢博さん

山のてっぺん付近まで登ると、アケビの木の密集地に着きました。あたりには雪がまだ少し残っています。ここのアケビの木はまだ冬の装いのままで、新芽を出していません。「これ全部が木の芽になるんです」。雪国では場所によって雪解けのスピードが異なるため、雪解けを追うように成長する山菜を長く楽しむことができます。木の芽は伸びすぎるとすぐに固くなってしまうので、滝沢さんはその成長具合を見極めて一番おいしい時期のものだけを採るそうですが、それでも、旬の時期には毎日通っても採りきれないくらいのだそう。「毎日来て、雪の消え際から採っていくんだよ」。木の芽の旬が長いのは、豊富な雪のおかげなんですね。

木の芽

そもそも、ミツバアケビは新潟県以外にもあるのに、なぜ雪国でしか食べる習慣がないのでしょう?確かなことはわかっていませんが、雪国の山菜の特長である「アクの少なさ」が、その要因のひとつではないかと滝沢さんは考えているようです。なんでも、他県のものは苦みが強過ぎておいしくないのだとか。「見た目は一緒、でも実際に食べてみると苦いだけで旨味がなかったんですよ。やっぱり雪が木の芽のアクを上手に抜いてくれるんでしょうか」。

木の芽

山から下りてきてすぐに、採ったばかりの新鮮な木の芽を味見させてもらいました。滝沢さんオススメの食べ方は、やっぱり卵とじ。雪国の人にとっても、夕飯の食卓にそれが並んでいたら嬉しくなる、ちょっと特別な一品です。木の芽をさっと湯がき、お醤油と卵黄を混ぜていただく。噛むと、独特のほろ苦さと旨味が口の中に広がります。春の蒼をそのまま頬張っているような味。これはお酒が欲しくなりますね。実は滝沢さん、前日採って下ごしらえしたものも用意してくれていました。湯がいたあと、水につけて一晩冷蔵庫で寝かしたものだそう。食べ比べてみると、驚くほど苦さが薄れ、旨味がさらに際立っていました。滝沢さんは板前を退職された今でも、木の芽は毎日採って毎晩のように晩酌のおともにしているそうです。

滝沢博さん

「木の芽ならなんでもいいってわけじゃない。どんなものがおいしいのか、どうしたらおいしいのか、それがわかってなくちゃ」。そう語る滝沢さん。松之山でしか食べれないものを、一番おいしいかたちで出してあげたい。雪国でしか食べられない木の芽のおいしさは、その豊富な雪だけでなく、そんな思いを持った人達にも支えられているのかもしれません。他の春の山菜と比べると大量に採ることが難しい木の芽ですが、もし運良く出会えたなら、ぜひそのおいしさをお確かめください。

語り手:滝沢博さん
木造三階建の宿としても有名な「凌雲閣」で板前を41年間勤め、昨年末に退職。現在はご自宅で自然に親しむ生活を満喫している。日本菌学会の会員で、県内唯一の「食の安全・安心サポーター」。

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽を採る滝沢博さん

木の芽

木の芽

木の芽を調理する滝沢博さん

木の芽

木の芽

木の芽